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「またかよ…」
少し暑さを感じる五月のある日。下駄箱を開けたはちくんが、嫌そ〜に呻き声を発した。はちくんの肩に顎を乗せて、あたしは中を覗き見る。
「あ〜!ラブレターだぁ!」
ロマンチックぅ!下駄箱にラブレターなんて少女漫画みた〜い!
「…って、初めてじゃないのぉ!?」
「おう」
えええー!!まさか、はちくんにピンク旋風が巻き起こってたなんて!!
「モテモテ〜!」
するとはちくんは、はあーーーー…と長い溜息を吐いた。まあ、そうなっちゃうのも分かるよ。だって…
「もうフィアンセ居るのに大変だねぇ」
あ、噴き出した。うぷぷ。
「結婚の約束まではしとらん!!」
「え、しないの!?」
「し、したくねえとは…言ってない…」
顔真っ赤〜!耳まで真っ赤〜!きゃ〜!
「はちくん可愛い〜!」
「…怒るぞ。梅乃」
――――あたしは三枝梅乃。14歳のピチピチ中学生!
三つ子でねぇ、同い年のお兄ちゃんが二人居るんだぁ。はちくんは二番目のお兄ちゃん。一番目のお兄ちゃんは、あまつん。
あまつんは生徒会長やっててねぇ。朝から委員会でやる事があるらしくて、先に家を出ちゃった。だからあたしは、はちくんと二人仲良く登校した訳です。
中学生になってからは今日みたいに都合が合わなくなる事が増えて、絶対全員でとはいかなくなったけど…登下校は出来る限り三人でやってるんだぁ。だって楽しいもん〜。
廊下を並んで歩いてると、さっきのラブレターが尾を引いてるのか、はちくんがぼやいた。
「断るの、疲れるし面倒なんだよな…」
うーん、確かに!その気もないのにラブレター貰っても、ごめんけど断るしかないもんね。無視するのは気まずいしぃ…大変そ〜。
「あたしが代わりに断ってあげようかぁ?」
「ばーか」
「はちくんの代わりに来ましたぁ!!妹の、梅乃ですっ!!ありがとぉ!!ごめんなさい!!でもはちくんの事嫌いにならないでぇ!!」
「妹に断らせるとかどんな兄貴だよ幻滅するわ」
呆れた様にあたしをじとーっと見ながら、はちくんがそう言う。
「だめぇ?」
「…お前ちょっと楽しんでるだろ」
「ちょっとどころか凄く楽しんでるぅ」
あいたぁ!チョップされたぁ!
「…エオリアちゃん、学校来れれば良いのにねぇ」
エオリアちゃんは、あたし達の家で一緒に暮らしてる女神様。すっごーく可愛くって大好きぃ!
はちくんの彼女ちゃんなんだよぉ。
でも、お家でお留守番なの。何かあったら大変っていうはちくんの希望なんだけど、あたしは分かるよその真意。
多分ねぇ、はちくん真面目だし、授業に集中出来なくなるからだと思う。好きな子居たらそっちに意識向いちゃうもんねぇ!んふふふ!
「こいつが俺の彼女だ!どや!って出来ないの、残念?」
「あー…どやるのはさておき、残念っちゃ残念だな。それが出来たらこの苦労も無くなると思うと」
「だよねぇ」
…と、一人の女子生徒…一年の子かな?が、あたし達の前に走って来た。手に持ってた可愛い柄の封筒をはちくんにシュバッと出して…
「先輩、こ、これ読んで下さいっ!!」
ぽかんとしてるはちくんに、手紙を押し付けて猛ダッシュ!!この場で断らせないとはやりおる。何という仕事人。
「…マジかよ」
廊下で手渡しなんて勇気あるなぁ、あの子。
感心するあたしの横で、はちくんは頭を抱えてるのでした。
――――授業中。
先生の言ってる事を右から左に受け流しながら、黒板に書いてある事をノートに機械的に写す。
数字って呪文みた〜い。全然理解出来な〜い。算数の時は何とかいけてたけど、数学になってからはちんぷんかんぷんで、今の所赤点しか取った事ないんだぁ。えへ。
数字を書く合間、ノートの端っこに絵を描いた。今見てるアニメの主人公の魔法少女!ふりふりでマジカルで可愛いの〜。
――――あたし、絵描くの好き。
何かねぇ…好きを形にするのが楽しいんだよねぇ。小説家目指してるはちくんも、そんな感じなのかも?
昔は模写とかスケッチが好きだったけど、今は所謂キャラクターとかを描くのがマイブーム!
「ふんふふ〜ん」
無意識にアニメの主題歌の鼻歌を垂れ流したら、先生に話し掛けられた。
「ご機嫌ですね、三枝さん」
絵を描く手を止めて、あたしは慌てて前を向く。
「は、はい〜!」
「授業を楽しんで頂けて、嬉しいですよ」
どひゃ〜!!先生怒ってるぅ〜!!絶対バレてるぅ〜!!だって笑顔でキレてるも〜ん!!
その後はやたらめったら指名されて、すっごく問題を解かされたのでした。全部間違えたけどぉ!
何やかんやで放課後。
今日は部活がある日だから、あたしは友達と美術室に向かう。あたし、美術部員なの〜。
ちなみに、あまつんは弓道部。
あまつん、生徒会と部活を両立させてるの。凄いよねぇ。しかもこの前の大会で凄く良い成績出してたんだよ〜。すっかりエースになってるんだってぇ!
あまつん運動苦手だけど、激しい運動が得意じゃないってだけだったから、弓道は向いてたらしいの〜。集中力が大事なスポーツみたい。でも弓道自体はそんな感じでも、夏休みは練習の前に学校の近くで持久走するって言ってた。普段は練習の前に必ず筋トレもしてるんだってぇ。凄いよねぇ。
運動部だから練習は毎日あるし、しかも夜の七時までやってるの。土曜日も部活だし、大会前なんて平日の朝も練習するんだよぉ。あたしには無理だなぁ。正気の沙汰じゃな〜い!
邪魔になるからって髪の毛も短くしちゃったし、眼鏡からコンタクトに変えてたし、真面目ここに極まれりだよほんと。
あとねぇ。今は大分慣れたみたいだけど、去年は毎日すんごくクタクタになってた。それでも勉強はちゃんとするしテストの成績は学年トップだし、しかも生徒会長になっちゃったし…。
いつか過労死しちゃわないか、あたし怖いよぅ。
んで、はちくんはねぇ。今も小説書いてるの〜。うちの学校は絶対部活に所属しないといけない決まりだから、文芸部に入ったんだってぇ。まあ幽霊部員だし、実質帰宅部だけどぉ。はちくんはお遊びで小説やってるんじゃないし…モチベの違いでギクシャクしちゃいそうだもんねぇ。
でも今は昔と違って、ぼっちは卒業したみたいだよぉ。環境変わると気が合う人が見つかるものなんだねぇ。うんうん。
それとこれは大ニュース!何とはちくん。この間のコンクールで初入賞……どころか、大賞取っちゃいましたぁ〜!ぱちぱち〜!
やったねやったね!努力が報われるってこういうのを言うんだよぉ。パパがもう大急ぎで帰って来て、大はしゃぎで、はちくんの事抱き上げてぐるぐる回ってねぇ。はちくんびっくりしてたぁ。うふふ。
そんな事があったから、モチベ爆上がりしてるみたい〜。今はコンクールで受賞常連を目指すんだってぇ。夢に着実に近付いてるよぉ。未来は明るいねぇ。
「めののん」
「はぁい」
友達に呼ばれて、あたしは現実に意識を戻す。
うちの美術部、お喋りするだけの子も居れば、適当に何か描いてる子も居たりぃ、美大目指してる子は比較的静かな所で真面目に黙々と何かしてたりぃ…皆自由なんだよねぇ。
そんな感じだから、居心地良い〜。
「突然ですが、推しについて語っても良いでしょうか」
「いいよぉ」
「そしてあわよくば描いて欲しいです」
「いいよぉ」
っしゃあ!!と友達が拳を天井に突き上げた。あはは面白い〜。
友達の話にうんうんと相槌を打ちながら『推し』をノートに描く。頼まれて何回も描いてるから、資料見なくても大丈夫〜。あたしも知ってるアニメの人気キャラクターで、イケメンなの。オタク〜な女の子達の中で話題持ち切りなんだぁ。
『推す』って凄いよねぇ。友達曰く、生き甲斐なんだってぇ。見てるだけで、すんごい幸せなのが伝わってくるんだもん。このキャラクターを生んだ人も本望だろうなぁ。
そんな事を思いながら、かきかき。
――――すると他の部員の子達がやって来た。
「あ、梅乃神が神絵生み出してる。神に感謝」
「うちにも見せて見せて!うっわうんめぇ!!」
「ありがとぉ」
えへ〜褒められるの嬉し〜。
描けた絵を友達に見せたら、大興奮であたしの周りをくるくる回り始めた。可愛いねぇ。
友達のはしゃぎ様にニコニコしてたら、腐女子〜な子達の会話が耳に入ってきた。
「梅乃氏のお兄ちゃんズ、受け攻めどっち派?」
「兄×弟か弟×兄…ど、どっちも美味し過ぎて…禁断の香りが堪らん…しかも三つ子…同い年…ふほ」
「優しさの権化の天松氏…圧倒的包容力で攻めを受け入れるのも良…だけど…やんちゃな弟にお仕置(意味深)する生徒会長っていうのも凄く…良いですね…」
「よ、良き〜!!」
「満更でもない反応する破竹氏、想像するだけで萌え…尊い…仰げば尊死…」
「おいおい攻めの破竹氏も負けてないぜ…?あの圧倒的カッコ良さ…お兄ちゃんメロメロになっちまうよ…」
「二次元しか食えないのに顔面強過ぎてあの方々は唯一三次元にも関わらず食べれてしまう。怖い。沼に引きずり込まれる。助けてくれ」
「落ちれば後は沈むだけだ…こっちに来いよ…」
「この沼…深い…ぼぼぼぼっ…」
二人の昔の話とか聞かせたら、この子達どうなっちゃうんだろぉ。面白い事になりそ〜。はちくんにバレたらぶっ殺されるから自重するけどぉ。
「しかも梅乃氏も超絶美少女っていうね。もうこれはあれですわ。いっそ梅乃氏がどっちも抱けば良いと思うんすわ」
え、ええ〜!?あたし参戦〜!?
ちょっと面白くて聞き入ってたら、ようやく落ち着いたっぽい友達がふとこんな事を言った。
「めののんって、オリジナルは描かないの?」
「オリジナル〜?」
「そう。二次創作ばっかりだなと思って」
「んん〜」
そういえばあたし、既にあるものを描くのは得意だけど…何も無い所から何かを作るの、やらないなぁ。思い付かなくって。
…はちくんって凄いんだなぁ。
「気が向いたらやってみるよぉ」
「おお!めののん絵上手いし楽しみ〜!その時は見せてね!」
「うん〜!」
――――ふむぅ。オリジナル…かぁ。
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部活が終わって帰宅して、あたしは自分の部屋に向かう。その道中で、はちくんの部屋のドアを開けた。
「ただいまぁ!」
はちくん、昔はいっつも部屋に鍵かけてたのに、いつの間にかそうしなくなったんだよねぇ。
「おかえり」
「おかえりなさい、めのお姉さま!」
顔は背けたままだけど、はちくんはちゃんと返事をしてくれた。うーん、ツンデレ。
そして…。
「エオリアちゃ〜ん!!我が妹は安定の天使だよぉ〜!!」
あたしはにっこり笑いかけてくれた愛しのエオリアちゃんに抱き着いて、頬擦りする。もちもちほっぺ最高〜!癒し〜!
「やめろ梅乃」
あぁん引き剥がされたぁ。
「嫉妬しなくていいんだよぉ、はちくんっ!」
酷い!ウインクと投げキッスしたら避けられました!
「早く部屋行って宿題しろ」
「あ〜ぃ」
つれないんだからぁ、も〜。
「むーん…」
あたしはシャーペンを鼻と口で挟みながら、勉強椅子を回転させる。
宿題面倒だよぅ。難しいから頭痛くなっちゃう。全然進まない。つまんない。
誰かに手伝って貰いたいけど、ママは勉強苦手だし、はちくんは忙しいし、あまつんはまだ帰って来てな…そうだ、あまつんが帰って来たら一緒にやろ!
あたしは宿題を退けて、机にお絵描き帳を広げた。オリジナルキャラクターにちょっと挑戦してみたくって。
「ん〜…」
とりあえず手を動かしてみた。けど…。
――――なーんか、イマイチ。
既視感って言うのかなぁ。普段描いてるアニメのキャラクターの要素をバラバラに分解してくっ付けましたーみたいな。んーと…あれあれ。そう、キメラみたいなんだよねぇ。
次は、そうならないように気を付けてみた。
そしたら今度は個性が無くなって、モブキャラみたいになっちゃった。
アニメのキャラクターもオリジナルのキャラクターも、描いてるのはあたしで、同じ絵なのに…何でこんなに差が出ちゃうんだろう。
もっと簡単なのかなと思ってたのに、意外と難しい。
「梅乃。飯」
――――はちくんに肩を叩かれて、ハッとなる。
おっとと、ゾーンに入っちゃってたぁ。あたし、集中するまでは長いんだけど、一旦集中すると声掛けられても聞こえないくらい目の前の事に釘付けになっちゃうんだよねぇ。
「お前が飯の匂いに反応しないなんて珍しいな」
「食いしん坊みたいに言わないでよぉ」
「実際そうじゃん」
否定はしませんけどぉ。
「何やってたんだ?」
あたしはノートを見せながら答える。
「お絵描き!」
はちくんは驚いた様に目を丸くした。
「へー。うめーじゃん」
「えへへ」
わーい!褒められたぁ!
「オリジナルのキャラクターをねぇ、考えてみようと思ってぇ」
「ふーん」
はちくんはあたしのノートを手に取って、まじまじと眺める。おお、なんか興味あるみたいだぞぅ。
「こんだけ描けるんなら、漫画描いてみれば?」
「漫画?」
「そう」
頷いたはちくんは、ノートをあたしの頭に乗せる。
「とりあえず行こうぜ。腹減った」
「うん!」
漫画……漫画、かぁ。
読むけど、描いてみようと思った事は無かったなぁ。
絵を描いてる間にとっくに帰って来てたみたいで、リビングに行くとあまつんが居た。
「おかえりぃ!」
「梅乃。ただいま」
あたしはあまつんの近くに駆け寄って、腕を絡ませた。
あまつん、昔はひょろろんだったのに随分しっかりした腕になってきたなぁ。引き締まってるっていうか。弓道効果凄〜い。
「後で宿題一緒にしよぉ」
「うん、いいよ」
やった〜勝ち確〜!
「お前…やってなかったのかよ…」
「達成率0%!!」
「開き直んな」
はちくんが呆れて、ママもあまつんもやれやれと笑ってる。エオリアちゃんは、頑張って下さいって言ってくれた!んふふふ、いけそうな気がする!
そうそう。
エオリアちゃん、昔はあたし達にしか姿を見せなかったんだけど、今はママやパパも知ってるんだ〜。二人共びっくりしてたけど、エオリアちゃんが良い子なのが伝わったみたいで、皆で仲良くやってるの。お留守番してる間は、ママのお手伝いをよくしてるみたいだよ。可愛いねぇ。
美味しいご飯食べて、温かいお風呂に入った後。
あたしは宿題と自分の勉強椅子を持って、あまつんの部屋に行った。
「天松先生〜お願いしまぁ〜!」
「ええっ、先生って…大袈裟だよ」
口元に手を当てて上品に笑ったあまつんは、あたしが椅子を置くためのスペースを空けてくれる。紳士的ぃ!
「何処が分からなかったの?」
数学の宿題を広げながら、あたしは正直に伝えた。
「全部!!」
「あはは、そっか。じゃあ一から教えていくね」
あまつんは自分の宿題をやりつつ、本当に一から教えてくれた。分かりやす過ぎて、どんなお馬鹿でも絶対分かるよ〜。話し方が穏やかだし、すんごい噛み砕いて説明してくれるから、すんなり頭に入ってくる!
そのおかげで〜…
「出来たぁ!」
びっくりするくらい早く終わっちゃった!
「お疲れ様。良く出来ました」
頭なでなでしてくれたぁ!優しい!
「これで当てられてもバッチリだよぉ!ありがと、あまつん!」
「どう致しまして」
ふっふっふー。先生びっくりするだろうなぁ!
…教えて貰ってる最中はちゃーんと出来るのに、いざテストになると分かんなくなっちゃうの、不思議ー。ずっとあまつんが隣で教えてくれたら良いのに〜。
「お礼に肩をお揉みしまぁす!」
「本当?そんな、気にしなくて良いのに…。僕も復習になって助かるし」
「遠慮なさらずぅ!」
あたしは構わずあまつんの肩を揉み揉みする。
優しいのはあまつんの長所だけど、すぐ遠慮するのは短所だと思ってるんだよねぇ。あたしは散々お世話になってる訳だし、もっと迷惑掛けてくれても良いのになぁ。
…それにしても、肩が!!硬い!!
「お客さん、凝ってますなぁ」
「そうなんだよね、最近は結構…」
「頑張ってるもんねぇ…あまつんは偉いよ〜」
「ふふ、有難う」
肩を揉みながらあまつんの机の上を何となーく見てたら。
――――お手紙を発見した。
「ねえねえ、あまつん。それってぇ」
「…あ、これはね。ええっと…所謂、ラブレターというものなんだけど…」
「きゃーーっ!すごーい!」
あまつんも貰ってたんだぁ!なになに、うちのお兄ちゃん達ヤバいんですけどぉ!
「…実は、困ってるんだ」
そう言うとあまつんは、大きい収納ボックスを取り出した。中には…お手紙がどっさり。
「せっかく書いてくれたものだし、捨てるのが申し訳なくて…」
「どひぃ」
なんかもうレベルが違うよぉ。さらっと見てみたけど、全部違う人からだった。学年問わず来てる。しれっと男子からも来てる。
あまつん、パない…。
まあ、勉強出来て弓道部のエースで生徒会長で底なしに優しくて美人さんだから、モテない方がおかしいか。
「お付き合いは誰ともしませんって言ってるんだけど…」
「もうファンレターって割り切った方が幸せなんじゃないかなぁ」
「そうだね…有難い事だね…」
な、なんかちょっとやつれてる気がするぅ!!
モテ過ぎるのも大変なんだなぁ。競争率高いと誰か一人選んだらその子が酷い目に遭いそうだし、博愛主義でやってくしかなさそう。カワイソス。
――――っていうか…何であたしには一通も来ないの〜!?
あまつんの部屋から出た時、トイレ帰りっぽいはちくんとばったり鉢合わせた。はちくんなだけに。
…あ。良い事思い付いちゃったぁ。
はちくんっていっぱい小説書いてるし、キャラクター作り上手いし、もしかしたらオリジナルキャラクターのアドバイス貰えるかも。
「ねね、はちくん」
「何だよ」
「今暇ぁ?」
「…ん、まあ一段落着いた所だけど」
「そしたらさ〜、聞きたい事あるんだぁ。部屋行って良い〜?」
「わーい!エオリアちゃん!ぬくぬく!ぽかぽか!」
ベッドの上でエオリアちゃんを膝に乗せて抱っこして、あたしは気分が最高潮になっていた。子供体温っていうのかなぁ?エオリアちゃんって温かいんだよねぇ。
「聞きたい事あるんじゃねえのかよ」
勉強椅子に座ったはちくんが、渋い顔で見てくる。そうだったそうだった、つい脱線しちゃった。
「うん!あのねぇ、オリジナルキャラクターの事なんだけどねぇ。どうやったら、魅力的に作れると思う〜?」
はちくんは顎に手を添えて、うーんと唸った。
「魅力的…か…難しい事言いやがる」
「え〜でもはちくん、いっぱい作ってきてるじゃん〜」
「まあ小説書くならどうしてもキャラクターは必要だし、そりゃそうだけどさ」
はちくんは続ける。
「逆に聞くが、魅力的なキャラクターってなんだと思う?」
「ええっ」
そう来るとは思わなかった!
「………可愛い、とか?」
「成程な。俺は、人間味があるキャラクターが好きだ」
「あれ、全然違うんだねぇ」
はちくんは、ふっと笑う。
「人によって感性が違うし、好みも違う。だからこれこそが魅力的だって断言出来る要素って、実質ないんだよ」
「言われてみれば、確かにぃ」
「可愛いって一言で言っても、どういう風に可愛いのかで変わってくるしな。性格なのか、見た目なのか…見た目なら、どういう髪型かとか、服装かとか…」
「うんうん」
「…つまり、魅力的なキャラクターが作りたいなら、とにかく自分の好みを詰め込むしかねえと思う。他の奴がどう思うかはさておき、まずは自分がそのキャラクターを魅力的だと思ってやらねえと、始まらないだろ」
「勉強になるぅ」
流石はちくん大先生!
「はちくんはちくん。エオリアちゃんは可愛いよねぇ?」
「あ?そりゃエオリアは可愛い………って、何言わせんだ」
腕の中のエオリアちゃんの体温が上がった気がして、あたしはにまぁと笑う。
「うふふ!とにかくありがと、はちくん!あたしの好きを詰め込んでみる!」
部屋に戻ったあたしは、早速ノートにシャーペンを走らせた。
あたしの好き、それは…可愛くって、ちょっと気弱そうで、笑顔がふんわりしてて、小動物っぽくて…………。
――――ん?
描きあげたイラストを見て、あたしは気付く。
「エオリアちゃんだ、これぇー!?!?」
まだまだ、前途多難みたいです。
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あれから何ヶ月か経って、大分キャラデザ力は鍛えられた。気がする。けど…。
はちくん大先生に、描けたイラストを見て貰うと。
「見た目はすげえ良いと思う。設定は?」
「ほげえ!!」
設定!!設定考えるのが!!苦手過ぎる!!
「え、えええっとぉ…そのぉ…」
「おう」
「せ、性格が…良い!」
「どんな風に」
「ど!?ど、ど……どっどど…どどうど…」
「何処の又三郎だよ」
ふええええええーーーーん!!!!
「抽象的過ぎるんだよ。もっと具体的に考えねえと」
「分かんないんだもーん!!」
はちくんは、やれやれと肩を竦めた。
「梅乃の絵が上手いのは、素人の俺でも分かる」
「有難うございますぅ!」
「ただ、お前の描くキャラクターは中身が空っぽに見える」
「ぬ、ぬぅん…」
それはあたしも思う。
可愛いんだけどねぇ。可愛いんだけど、ただ可愛いだけっていうか…何かが足りないっていうか…。
「二次創作で描いた時は、モデルになるキャラクターに設定がある訳だろ。お前が意識してるかは分からんけど、そのキャラクターをちゃんと理解出来てて、絵で『らしさ』を表現出来てると思う」
嬉しい〜報われるぅ。
あたし、デザインは凝視して照らし合わせて描くし、設定ちゃんと読んでから描いてるもん。そうしないと納得いかなくて。
「…ただオリジナルキャラクターの絵は、何を伝えたいのか見えて来ない。勿体ない事に、ただの綺麗なイラストで終わってしまってる。何でか分かるか」
「設定考えられてないからですぅ…」
「そういう事だな。そもそも伝えたいものがないから、見てる側も薄っぺらい感想しか浮かばない」
「だよねぇ」
既にあるものを描くのは本当に得意なの、あたし。でも、何も無い所から考えるのはすっごーく苦手。
想像力が無いのかなぁ。キャラデザは何とか出来てきてるけど…。
中を見たそうにしていたエオリアちゃんにノートを手渡して、はちくんはまた口を開いた。
「イラストって、何時間も見るものじゃないだろ?多分、描く時間の長さに比べて一瞬で消費されると思うんだよ。実際俺は絵見ても基本凝視しないし。だから、その数秒の間でどれだけ人の心に印象を残せるかが大事なんじゃねえかな」
「はちくんプロなの?」
「素人素人。こうなんだろうなって思っただけ。根拠ないし、あんま真に受けんな。日頃から考え事よくすっから…想像すんのだけは一丁前なんだよ」
手をひらひら振りながら、はちくんは笑う。
「お前がどこまで本気なのか分からんけど、もしプロを目指すならそういう事も考えないといけないかもな」
話戻すけど。と、はちくんは設定のお話を再開した。
「設定なんてさ、最初から難しく考えようとしなくても良いんだよ。例えば性格が良いんなら、動物に好かれやすい…とか」
「成程!!動物園の園長先生とか!?」
「すげえ飛躍したけど、着眼点は悪くないんじゃね」
へへ。
「連想ゲームと思えば良い。ギャップって事であえて似合わなさそうな設定付けて意外性を狙うのもありだけど…お前にはまだ早そうだし、分かりやすい所からやってみな」
「はーい!」
はちくん、こういう話する時イキイキしてる気がする。
楽しそうでなんか可愛い。しかも親身にアドバイスしてくれるから嬉しいなぁ。
「…はちくんはさぁ、何であたしに付き合ってくれるの?はちくんも忙しいのに」
何となく聞いてみたんだけど、完全に予想外な質問だったのか、戸惑ったみたい。
「んん…何でって…そうだな…。小説と絵だから土俵は違うけど、同じ創作活動ってジャンルだろ?その中でも、一次創作ってのを俺は楽しくてやってるからさ。お前もこっち側に来るって言うんなら、まあ………普通に嬉しいし」
はちくんは、照れ臭そうにそう言った。
エオリアちゃんに出会ってから、随分素直に気持ちを伝えてくれるようになったなぁって思う。
あたしは、胸の奥からむくむくとパワーが溢れてくるみたいな気分になった。
――――そんな時。
あたしのノートをキラキラした目で見ていたエオリアちゃんが、こんな事を言った。
「…わたくし、はちくんさまの物語を、めのお姉さまの絵で見てみたいですの!」
あたしもはちくんも、目をまん丸にする。エオリアちゃんは、興奮した様子で構わず話を続けた。
「わたくし最近は漫画も嗜んでいるのですが、この前、小説を漫画にしたものを拝見しまして…!小説はイメージを頭の中で膨らませる楽しさがありますが、漫画は作者様自身のイメージを知る楽しみがあると感じました」
はちくんが呟く。
「コミカライズ…か」
「あたしも読んだ事あるよぉ!」
当たり外れはあるけど、当たりのコミカライズって面白いよね。エオリアちゃんが言う様に、絵が付くと原作者のイメージが目に見えて分かるし。
「確かに、コミカライズは小説にはない表現が出来て説得力が出るな…。画力が追いつかなければ作品の質を下げる事に繋がるが、逆にちゃんと表現出来るなら…作者との認識の差をしっかり埋められるなら…ぴったりハマったコミカライズは、最高のクオリティになる…」
すんごい真面目な顔をしたはちくんは、独り言みたいにぶつぶつと続ける。
「小説は苦手だけど漫画は読むって人でも手に取りやすいし…漫画を読んで気になって小説を手に取る人も居る。人目に付く機会が増えるという事は、原作を知る人を増やせるって事だ…つまりコミカライズは、作品を広める良い手段になり得る可能性を秘めている…」
――――って事は!!
「エオリアちゃん、すっごく良いアイデアだよ!」
絵は得意だけど、設定を考えるのが苦手なあたし。
面白い物語を考えられるけど、絵は描けないはちくん。
二人で足りない部分を補い合えば…!
「…だな。この発想は、正直無かった」
はちくんは口元に手を添えて笑っていた。
あたしはわくわくが止まらなくて、すぐにでも描きたいって気持ちが爆発した。
「あたし、はちくんの小説大好き!コンクールの人達だけじゃなくて、もっと色んな人に読んで欲しいって思ってる!だから…描いてみたい!」
はちくんの小説はこれまで読んで来てるし、キャラクターの事も理解してる。外見は文章での説明しかないけど、キャラデザ力が付いてきてる今のあたしなら形に出来る筈。漫画はまだ描いた事ないけど…根拠も特に無いけど…でも、不可能じゃないって思う。
「梅乃…マジか…お前…」
「うん!!あたし今、やる気みなぎってるよ!!」
エオリアちゃん、にこーっと嬉しそうに笑って、てちてちと拍手してくれてる。すんごい可愛い。
…正直ねぇ。
オリジナルキャラクター考えるの、無理してた所があるんだ。自分が納得いくデザインや設定のしっかりしたキャラクターじゃないと、恥ずかしくて友達に見せられないって。
苦しかった。
考えるの、やっぱり苦手だから。勉強とか宿題とかテストとか、そういう苦手に一人で立ち向かうの、あたしは好きじゃなくて。せっかく自分からやる事なら、楽しいって断言出来るものがしたい。
あたしは、絵を描くのが好き。好きになったものを絵で表現するのが、好き。
――――見つけたよ、自分のやりたい事。
あたしは、はちくんが大賞を取った小説の原稿を借りて、部屋に戻った。改めてそれを読んで、登場人物達をデザインに起こす。
0から自分で考えてた時と違って、驚く程すらすら手が動いた。はちくんが文章中に書いてくれてる人物達の特徴は、パズルのピースみたいで。
凄く…凄く、楽しかった。
まだ軽く整えたラフの段階で、あたしははちくんに見せに行く。
「はちくん、修正点あったら教えて!」
あたしの熱意に圧倒されてるのか、はちくんは目をぱちくりした。でもイラストを見た途端、すっと落ち着いて、仕事人みたいな顔になる。
はちくんの机で、希望や要望を聞きながら案を改善していく。イメージを照らし合わせて、認識を一体にさせていく。
はちくんもあたしも真剣だった。真剣そのものだった。
だって、はちくんにとっては熱意を込めた自分の大事な作品。あたしにとっては、大好きなお兄ちゃんが書いた…最高の作品なんだから。
「…これだ」
時計の短い針が軽く一周した時、はちくんが呟く。
「俺のキャラクターだ」
――――断言は、正解の合図。
あたしはエオリアちゃんを抱き締めて、その場でぴょんと飛び跳ねた。
「やったぁ!!」
「めのお姉さま、凄いですのっ!」
はちくんは胸に手を当てて、噛み締める様に言う。
「凄え…自分のキャラクターが絵になるって…こんなに嬉しいんだ…」
目にうっすらと涙が滲んでるみたいに見えた。あたしは、はちくんの肩をぽんぽんと叩く。
「ふふ、これからが本番だよぉ!早速立ち絵清書して、それからネーム描いてみる!」
はちくんは、こくりと頷いた。
「梅乃、ありがとな。楽しみにしてる」
感謝されちゃったぁ!えへへ!
エオリアちゃんと二人ではしゃいでたら、嬉しそうに口元を弛めたはちくんがぽつりと呟く。
「あんなに真剣な顔したお前、エオリアと会った時以来に見た」
「そっかぁ……そうだねぇ、あの時は必死だったなぁ」
急にねぇ。エオリアちゃんの声が聞こえて、凄く凄く心細そうに「誰か…」って呼んでたの。
行かなきゃって思った。
居ても立ってもいられなくて、あたしは走り出してた。山の奥に向かってる最中もその事で頭がいっぱいで…超集中って言うべきなのかなぁ…とにかくそんな感じだった。
――――こうなったあたしは、やり遂げるまで止まらない。
「期待しててね、はちくん」
「おう。任せた」
拳を突き出すと、はちくんは拳をこつんとぶつけて返してくれた。
それからは忙しかった。
学校にいる間は漫画の事で頭がいっぱい!!でも部活にはちゃんと出るし友達に悪いから作業は我慢した!!家に帰ったら我慢してた気持ちを爆発させながら漫画を描く!!あまつんが帰って来たら一緒に宿題!!終わったらまた作業再開!!
うっかり夜更かししちゃう事もあって、そんな時は次の日の授業中に居眠りしてしまったりもした。
――――でもね、でもねでもねでもね!
凄く毎日が楽しかったの!やる事が、やりたい事があるって、本当に楽しい!
ただ…。
漫画は完全に素人だったから、どうしても途中で行き詰まっちゃった。
あたしは何となーく、ママに相談してみる事にした。
「ママ〜あたしねぇ、今はちくんの小説漫画にしようとしてるんだけどぉ…漫画のコツって何かない〜?」
ダメ元で全く期待なんてしてなかった。けど、衝撃の事実が発覚する。
「あら良いじゃない!昔漫画描いてたし、色々教えられると思うわよ」
「え?」
詳しく聞いたら、ママ…昔漫画家してたんだって。
読み切り連載しかした事無くて、単行本は出版されてないって言ってたけど…す、凄くない!?びっくりしたよ!
パパと結婚して、あたし達を産んでからはすっかり描くの辞めちゃったらしいんだけど、編集の人からはいつでもネーム送って下さいって言われてるんだって。
「そんな凄い事、言ってくれれば良かったのにぃ!」
すると、照れたようにママは微笑む。
「えぇ〜…でも別に、自慢する事でもないじゃない?」
もう、謙遜しちゃって!
ママのこういうとこ、何かあまつんみたいだな〜って思った。親子だねぇ。
記念にこっそり取ってあったらしい、ママの漫画が収録された…いつもあたしも読む分厚い漫画雑誌の、昔のやつを見せて貰った。
「恥ずかしいから、流し読みしてね」
ママはそう言ったけど…そんな事出来ないくらい目が釘付けになった。書き込みが細かくて、綺麗で、キラキラしてて…一コマ一コマ妥協が無い。
――――ただ、お話の内容は何となく既視感があった。
それもその筈で…原作欄にはパパの名前があった。胸がドキドキして、鼓動が速くなったのが分かった。
パパとママは、あたし達がやろうとしてる事を、既に成功させてたって事だもん!!
「素敵な偶然もあるもんだわ。親子って似るのかしらね」
漫画をガン見してるあたしに、嬉しそうにママはそう言った。
その後、あたしはママに漫画のノウハウを叩き込んで貰った。コマ割り、演出、魅力的になるようなコツ…。
自分でも驚くくらい、ぐんぐん成長していった。
――――それから夏休みに入って、時間を漫画に注ぎ込めるようになった。
はちくんが長期休みを重視してた理由、今なら分かるの。だからこそ、邪魔ばっかりしてたのにそれでも付き合ってくれてた優しさを、改めて思い知った。
はちくんって…本当に良いお兄ちゃんだなぁ。
エオリアちゃんに応援されながら、はちくんの部屋で毎日話し合った。
寝落ちは日常茶飯事だったけど、ママは、そんなあたし達を叱らなかった。
夏休み中頃。
遂に一話分の漫画が出来上がって…あたしは、それをはちくんに見せた。
「読んでみて!」
真剣な眼差しで漫画を読むはちくんは、終始無言だった。エオリアちゃんを抱き締めながら、あたしは静かに見守る。
最後のページを読み終えたはちくんは指で目頭を押さえながら、エオリアちゃんに漫画を渡した。待ってましたとばかりに、エオリアちゃんは、わぁ…と感嘆の声をあげながら読んでいく。
「…どうだった?」
何も言わずに黙ってるはちくんに、問い掛ける。するとはちくんは、あたしの頭をわしゃしゃしゃー!!と力強く撫でた。
「わぁ〜!?」
前が見えない中、鼻を啜る音が聞こえる。
「は、はちくん?」
ぐっちゃぐちゃになった髪の隙間から様子を伺うと、はちくんは…泣いていた。はちくんは腕でぐいっと涙を拭って、それからこう言った。
「有難う、梅乃。最高だ」
瞬間風速、計測不能。あたしの中に、ぶわわわわー!!!!って幸せな気持ちが広がった。あんまりにも凄かったから、あたしも思わず泣いちゃった。
「と"う"い"た"し"ま"し"て"え"〜!!」
ダミ声と涙と鼻水のトリプルパンチに、はちくんが笑い出す。あたしも、顔がぐっちゃぐちゃなままで笑った。読み終えたエオリアちゃんもほろほろと泣いていて、あたし達はなんかもう…しっちゃかめっちゃかになった。
でもね。
それが凄く楽しくて、幸せだった。
もっと喜ばせたいって思った。
――――絶対に、最後まで描き切るぞぉ〜!!
Page.4
夏休み明け。宿題すっかり忘れてて最後の三日間で死にそうになりながら終わらせた翌日。
久々の部活にて、あたしは友達に完成した漫画を見せる事にした。勿論、原作者はちくんの許可済み!
はちくんと相談という名の共同作業して書き上げた…初めての漫画。何せ原作が良いから自信はもんのすごーくあるけど、内心ドキドキしながら報告する。
「あたしねぇ、漫画描いたの」
「ま、漫画!?!?」
身を乗り出した友達に原稿のコピーを渡すと、今度は勢い良く仰け反った。
「いや凄過ぎる何ですかこれは!?!?はえ!?!?プロですか!?!?」
「えへへぇ…」
漫画を食い入るように見つめてる友達に、あたしは説明する。
「はちくん…じゃなかった破竹の書いた小説をねぇ、漫画にしたんだぁ」
「破竹…って、あの破竹さん!?え!?お兄様小説書く方だったの!?!?あんらららららこーれは大変ですわやばいやばいやばい」
絶賛台風の目になってるあたし達の周りに、部員の子達が集まってくる。
「どしたのー?なんか楽しそうだけどー」
「めののんがお兄様の小説をコミカライズしたそうです!!」
「コンクールの大賞取った時の小説なのぉ」
「まじ!?やば!見せて見せて!」
あたしの描いた漫画は色んな子にタライ回しにされて、興奮が次々と伝染していった。
「あんた絶対漫画家なるべきだよ!!」
「まじで凄い。あの、冗談とかじゃなくて本気で凄いと思う」
「絵は勿論神だけど内容も神じゃんね!?」
「ありがとぉ!」
絵を褒められるのは嬉しい。でも、内容を褒められるのが何よりも嬉しかった。
友達がシュバ!っと挙手する。
「はい!めののん先生!此方の小説は何処かで読めるんでしょうか!?」
その言葉を境に、読みたい読みたい!の声が沸き起こる。
ふふ、こんな事もあろうかと!
あたしははちくんに頼んで作って貰った、小説をデータに起こして読みやすくしたもの…を印刷してホチキスでまとめた簡易本…を沢山入れた紙袋を手に取る。
「此処にあります〜!良かったら読んでぇ!」
――――す、凄い!紙袋空っぽになっちゃった!やった!やったぁ!大成功だぁ〜!!
あたしの漫画をきっかけに、はちくんの小説に興味を持って貰えて…それで、皆が笑顔になった。
なんて幸せなの。写真に撮って、はちくんに見せてあげたい。
紙袋をぎゅっと抱き締めて、あたしは笑顔で余韻に浸った。
スキップしながら家に帰って、はちくんの部屋に駆け込む。
「ただいまぁーーーーー!!!!」
「おぉう、おかえり」
「めのお姉さま!おかえりなさいっ!」
あたしはダブルピースしながらその場でドスドス足踏みして報告する。
「聞いて聞いて!漫画も小説も、部活の皆から大絶賛!!」
「マジか!小説も!?」
「うん!!小説のコピー本入れる為に使った紙袋、飛んでいきそうなくらい軽くなっちゃった!」
「ひゃぁあ、凄いですっ!はちくんさまも、めのお姉さまも、凄いですーっ!」
テンション爆アゲのあたし達は、三人でおてて繋いでぐるぐる回った。
「次回作もハイパー楽しみにされちゃってるからさぁ〜!!はちくんサクッと次も賞取ってよぉ〜!!」
「簡単に言うなよこら〜!!やってやるぁ〜!!」
「出来ますの〜!出来ますの〜!はちくんさまなら出来ますの〜!」
ドタバタ騒ぎが度を超えてたからか、心配になったらしいママが見に来る。
「ちょっとちょっとあんた達どうしたの天井揺れてたんだけど!?」
「うぇっへっへ!ママぁ〜!それがねぇ〜!」
かくかくしかじか伝えたら、無事ママも輪の中に混ざったのでした。
そんなこんなで次の日。
はちくんが新作を書き上げるまでステイ状態なので、あたしは久々に目的のない一日を送る事になった。
な、なんだろうこの…何か物足りない感覚は…これが創作の熱にあてられた者の末路なの…?
あの楽しさを知ってしまうと戻れない〜。だがしかし夏休みほぼ付きっきりになって貰っちゃったし、これ以上はちくんの作業の邪魔は出来ない……ふえ〜ん!詰んだ〜!
そんな事を考えながら、授業を受ける為に友達と美術室に向かう。
今日の授業内容は、デッサン。
自分の手を45分以内に描く…って感じみたい。最後の鑑賞に5分使うんだって。ちなみに画材は鉛筆。
デッサン、随分ご無沙汰だなぁ。
見たままを描けば良いだけだから、あたし的には頭空っぽで出来て楽なんだよね。しかも使い慣れてる鉛筆。ラッキー。
皆がデッサンに取り掛かっている間、先生がこんな事を言った。
「皆さんは普段、こんな風に自分の手をじっくり見た事はありますか?」
ないでーす!の大合唱。あたしも勿論参加した。先生は、ふふっと笑って続ける。
「手には、無限の可能性が秘められています。良い事も悪い事も、簡単に出来てしまいます。皆さんは是非、良い手の人であって下さいね」
――――良い手の人…かぁ。
漫画を描いて皆を笑顔に出来たら、それは良い手って事になるのかな。きっと…ううん、絶対そうだよね!
あたし、頑張る!
先生の雑談は、いつの間にか聞こえなくなった。皆集中してて、鉛筆を走らせる音だけが聞こえる中…あたしも夢中で描き続けた。
「はい、そこまで!」
先生の合図で、賑やかな雰囲気が戻って来る。皆の反応はバラバラ。上手くいった〜って子もいれば、全然駄目だった〜って子もいる。
あたしは…うん、良い感じに描けた気がする!
「作品を机に置いて、自由に見て回って下さい」
椅子から立ち上がって、あたしの席に来てくれた友達と一緒に、皆の手を鑑賞する。
――――誰も被ってない。
画風も、ポーズも、形も…それぞれに個性がある。手って、凄いなぁ。
あたしは、自分の手を改めてまじまじ見てみる。
「何してんの?めののん」
「…これがあたしの手なんだなぁ〜って」
「おお!?深い事言うねー!」
あたしの…あたしだけの、手。沢山のキラキラを生み出す手。
――――大事にしてあげたい。
時間が来たから席に戻ろうとしたら、あたしの絵をじーっと見てる子が居た。美術部の…いつも教室の端っこで、一人で黙々と絵を書いてる子だ。
声を掛ける間もなく、あたしが戻って来たのに気付いたのか、その子は何も言わずにふいっと離れていった。
どうしたんだろ…何であんなにまじまじ見てたのかなぁ。恥ずかしい〜!
まったりした気持ちで放課後を迎える。今日は部活が無い日だから、はちくんと一緒に帰れるんだぁ。えへへ。
廊下で待ち合わせて、一緒に下駄箱に向かう。
「今日ねぇ、美術の授業で手のデッサンしたんだよぉ」
「あー、俺もこの前やったわ。すんげえ下手でいっそ清々しかった」
二人で笑い合う。
「先生が、手には無限の可能性があるーみたいな事言ってたよな」
「そうそう!」
ふふふ。先生どのクラスでも言ってるんだなぁ。
「あたし達、良い手でありたいよね!」
「だな。俺達の手は、笑顔を創る手だ」
手を目の前にかざして、はちくんが微笑む。
…ん?今までは意識した事無かったけど…
「はちくん、手綺麗〜」
「な、何だよ急に」
鉛筆の持ち方も姿勢も綺麗だからなのかなぁ。意外にもペンだこないんだなぁ。あんなにいっぱい書いてるのに。
「うへへ」
「その笑い方、いつか通報されっぞ」
照れ臭そうにそう言って、はちくんはポケットに手を突っ込んだ。隠さなくて良いのにぃ。可愛いねぇ。
和やかな空気で辿り着いた下駄箱。慣れた足取りで、あたしは自分の所に向かう。
外履きを取ろうとしたら…。
「ん?」
何かが手に当たった。不思議に思って掴んでみると。
あ!
あ!!
あーーーーーー!!!!
「ひ、ひゃぁああーーーー!!」
あたしの悲鳴を聞いて、はちくんが駆け寄って来る。
「どうした梅乃!?」
「はちくん!!これ!!」
あたしはドキドキした気持ちを抑えられないまま、バッと両手で持ったそれを、はちくんに見せる。
「遂にあたしにも、ラブレターだよぉ!!」
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人生初の待望のラブレターを手に持って、あたしは弾む足取りで歩く。
「嬉しい〜!これであたしも仲間入り〜!」
「仲間?どういう事だ」
「あまつんもはちくんもラブレター貰ってたしぃ」
「兄貴も…?」
「そだよぉ」
「何処の馬の骨から…?」
ひ、ひょぇっ!
「なんで!?あたしの時はキレてくれなかったのになんでなんで!?」
「兄貴は優しいから変な虫に集られそうだろ」
「あたしは優しくないとぉ!?」
「信頼してんだよ」
「えへぇ」
はちくんてばぁ〜!あたしの扱いがお上手なんだからぁ!
「それに、お前のはまだラブレターって決まった訳じゃないだろ」
前言撤回ぃ!!
「ちょちょちょちょまままま待ってよ!!それ酷くない!?」
「可能性の話」
むきー!失礼しちゃうんだから!あたしだって…あたしだってねぇ!
「…で、もしラブレターだったらどうすんだ?」
「え?え〜…どーしよっかなぁ〜」
お付き合いかぁ〜…。
「あまつんみたいに優しくてぇ〜はちくんみたいにカッコ良くてぇ〜エオリアちゃんみたいに可愛くて〜ママみたいに料理上手でぇ〜パパみたいに面白い人だったら付き合いたいなぁ〜」
「そんな奴いねえだろ」
「うん!」
「こいつ…」
「って事は家族全員と付き合っちゃえば良いんじゃない!?あたし天才かも!!」
「底無しの馬鹿だよ」
「酷ぉ!!」
「それはさておき」
「うん〜?なぁに〜?」
はちくんは、カバンから複数の封筒を取り出した。
「最近、ファンレターがよく来てさ」
「ほほう!?」
「小説の感想書いてあんだ。多分、お前の部活のメンツからだと思う」
中を見せて貰ったら、本当に感想が書いてあった。面白かったです!とか、新作待ってます!とか、応援してます!とか…前向きな言葉でいっぱい!
「告白の手紙はもううんざりだけど…こういうのは、いくつ来ても嬉しい。梅乃のおかげだな」
はちくんとっても嬉しそう。
ふふ、良かったぁ!今度皆にお礼言おうっと!
家に着いて、部屋に入って、あたしはウキウキでベッドにダイブする。
いや〜ワクワクするぅ〜!ドキドキするぅ〜!手が若干震えてるぅ〜!
あたしは改めて、封筒を見てみる。
真っ白な封筒。オーソドックスというか、古典的というか、The・元祖ラブレターって感じがする。ひぇ〜!凄〜!
差出人は分からなくて、三枝梅乃様ってだけ書いてあった。
シャイなのかな!まあそうだよね、あたしが見つける前に他の人に見つかったら大変だもんね!うふふ!
瞼を閉じて、深呼吸!
それでもドキドキは収まらなかった。諦めて封筒を開いて…中に入ってる便箋を取り出す。
『三枝梅乃様』
『貴方が嫌いです。』
「…え?」
衝撃的で斬新な始まり方に、あたしは思わずそう呟いた。
こ、これラブレター…だよね?最後の方にどんでん返しが待ってるタイプとか?ユニークだなぁ!
――――そう思おうと、したけど。
『貴方を見ていると、自分が惨めに思えて辛いです。頑張っても頑張っても上手く描けない私と違って、貴方はさらさらと色んな絵を描く。才能があって羨ましいです。羨ましくて、羨ましくて、仕方が無いです。貴方の絵を見ていると、お前には才能が無いと言われている気持ちになります。辛くて苦しくなります。見なければ良いと分かっていても、目に入って来てしまいます。惹き付ける力があるのだと思います。絵だけでなく、貴方自身にそういう力があるのだと思います。いつも人に囲まれていますよね。褒められていますよね。賞賛されて、楽しそうで、輝いていて、とても眩しいです。全て私にはないものです。憎たらしい程に羨ましいです。居なくなってくれたら幸せになれるのにと、いつも思っています。私は貴方が嫌いです。貴方の絵が嫌いです。』
最後の文章を読んで、あたしは頭が真っ白になった。
『貴方は、一人の人間を不幸にしています。』
「梅乃!!」
いつの間にか来ていたはちくんに、肩を揺さぶられて、ハッとなる。
「…あ、………」
――――言葉が…上手く出て来ない。
はちくんは、あたしが貰った手紙をぐしゃぐしゃに握り締めていた。
そっか…読まれちゃったんだ…。
「あ、あた…し…」
「…梅乃」
視界が滲んでいく。
はちくんは立ったまま、座ってるあたしを抱き寄せた。はちくんのお腹に顔をうずめたままで、声を絞り出す。
「はちくん…あたしの手…悪い手だったのかなぁ…」
エオリアちゃんは、ママと夕飯の支度をしてくれてるみたい。
良かった。こんな姿見せたら、心配掛けちゃうもん。エオリアちゃんが悲しそうにしてるの…あたし、見たくない。
隣に座って肩を貸してくれつつ、はちくんが言う。
「梅乃。これ書いた犯人、探したいか」
…。
「探したいって言うなら、協力する」
口ぶりは落ち着いてるけど、分かる。はちくん…怒ってる。
「あたし…」
犯人を見つけて、どうにかなるとは…思えない。そんな風に思うのやめて!なんて言っても、きっとどうしようもないから。気持ちって、考えって、勝手に出てくるものなんだもん。
それに、こうやって手紙を書いたって事は…その人は、気持ちが限界に達しちゃったって事。
そんな相手に何か言っても、やっても、余計に不快にさせてしまう。
「あたしがやりたいのは…笑顔を作る事…だから…」
はちくんは頭を撫でてくれた。凄く優しかった。涙が、ポロッて落ちる。
「…そっか」
はちくんはそう言うと、手紙をビリビリに破いて、ゴミ箱に捨てた。
「なら、切り替えよう」
「へ?」
「言いたい事を面と向かって言ってこねえ匿名の卑怯者の嫉妬なんて、真に受けてたら時間が勿体ねえからな」
「は、はちくん?」
戸惑うあたしに、はちくんが笑い掛けてくる。
「梅乃、お前の実力が証明されたな。お前が凄過ぎて羨ましいんだとよ、誰かさんは」
「え、えっと、えっと…」
「これから有名になればなる程、こんな奴ごまんと出てくるだろうさ。こっちがどうしようが、どんなスタンスでやってようが、絶対気に食わねえって奴は出てくる。つまりどういう事か分かるか?」
あたしが首を傾げると、はちくんはあたしのおでこをつんと突いて、こう言った。
「考えたら負けだ。お前が消えて喜ぶ奴まで、幸せにしようなんて思うんじゃねえ」
「はちくん…」
「梅乃はそんなに優しくねえだろ」
何だかおかしくなって、あたしは笑う。
「…あは、あはは!そうだったねぇ!」
いつもの調子が戻りつつあるあたしに、はちくんは優しい追撃をする。
「つーかさ、すげえ沢山の人間幸せにしてんだから、胸張ってりゃ良いんだよ」
「ふふ、そっかぁ」
「俺も、お前に幸せにして貰ったし」
「やだぁ、愛の告白ぅ?」
「感謝の言葉だよ」
ぐりぐりと撫でられる。それから、はちくんは立ち上がってあたしの手を引いた。
「これからも描いてくれるよな、梅乃」
笑顔で、あたしは応える。
「うん!勿論だよぉ!」
――――大丈夫。
はちくんと一緒なら、あたしは大丈夫。
そんな気がするの。
夕飯を食べてると、ママがあたしの顔を見て、心配そうに言った。
「梅乃、あんた目赤くない?どうしたの?」
どう返事しようかなと思って困ってたら、はちくんが助け舟を出してくれた。
「熱烈なラブレター貰って、感動して泣いたんだよな」
有難く乗っかる。
「そー!そうなの!」
「あらぁ。最近の子ってマセてんのねぇ」
よし、ママすっかり騙されてにやにやしてる。
するとエオリアちゃんが可愛いおめめをキラキラさせながら訊ねてきた。
「お返事は、どうするのですか?」
はちくんと顔を見合せて。あたしは、満面の笑みで断言する。
「おととい来やがれ、だよぉ!」
Hence
とあるカフェにて。二人の女性の会話。
「ねえ三枝破竹の新作、コミカライズも同時発売すんだって!」
「もう予約済み〜!」
「仕事早っ。前回凄い良かったもんね〜私もそうする」
「コミカライズって大概コケるけど、めののん先生の漫画クオリティヤバいもん。安心して買える」
「作品の事理解してないとあそこまで上手く表現出来ないよね」
「ねー!」
「そういえばこの前雑誌に載ってたんだけど、めののん先生って三枝破竹の妹なんだって」
「それ読んだ読んだ!兄妹でとか天才過ぎるよね」
「才能よな。しかも顔が良い」
「顔が良い分かる!あとさあとさ、お父さんがあの三枝幹月(みつき)で奥さんの陽根(よね)先生はそのコミカライズしてるじゃん?あれもすんごい良いんだよね。昔陽根先生の読み切り見てファンになったのに暫く音沙汰無かったから活動再開して本当に嬉しくてさ」
「オタク特有の早口ウケる〜。完全に芸術一家ってやつじゃん。親子揃ってエグいわー」
「エグいよねぇ……そういえば雑誌にしれっとあったけど、実は三つ子らしいよ」
「そーそー、お兄ちゃん居るっぽい!でもさ」
「うん」
「「お兄ちゃん、何もしてないよねー」」