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Episode.3-ナギ

 

天霧がオレらの旅に加わってから、早い事に一年程経過していた。相変わらず宛もなくぶらぶらしてる感じだけど…平和そのもの。

 

チビ先輩は別に快楽殺人鬼ではないから現状そんな物騒な事をやる必要が無いし、色々吹っ切れたらしい天霧は学生時代よりも伸び伸び楽しそうにしている。

 

オレはというと…たまに母ちゃんを思い出して感傷に浸る事はあっても、死にたいとまでは思わなくなった。

 

――――うん。良い事だと思う。

 

 

 

そんなオレ達は今、道中で見つけた図書館に来ていた。休憩にも暇潰しにも最適だろうってノリで入った。んで、自由行動になったから絶賛散開している。

 

読みたい本無いし、AVコーナー(一応言っておくけどそういう名称ってだけで卑猥なものを見る場所ではない)でも行こうかなーと思って歩いてたら、天霧が立ち読みしてるのが見えた。

 

背後から声を掛けてみる。

 

「何読んでるん」

 

「ひっ!?!?」

 

垂直に跳んだ。ウケる。

 

「おいおい何してくれんのさ…大声出したら怒られるでしょーが…」

 

「勝手に出したの天霧やん」

 

「わっかんないかなービビらすなっつってんの」

 

「サーセン」

 

やれやれと肩を竦めた後、天霧は持っていた本を見せてくれた。

 

「へー。小説読むんやな」

 

「なんで意外そうなんだよこの野郎。僕これでも文系だったんですー得意教科国語かつ小説の読解が好きだったんですー」

 

「すごーオレそういうの無理ー」

 

…ん?

 

「その作者、見た事あるかも」

 

「知らない方が駄目だよむしろ。この人の小説、教科書の題材になってるし」

 

「あー…それで」

 

納得。

 

「僕、この人の書く小説好きなんだよね。優しい話でさ」

 

天霧は何故か誇らしげに続ける。好きな作家だからなんかな。

 

「テレビにも出てた事あるし、凄いんだよ」

 

「へー。何歳なん」

 

「あーどうだったかな……待って、本の後ろに大概そういうの書いてあるから。えーっと……へえ、僕らの十個上なんだって。結構若い」

 

「そんなに凄いんなら、もっと歳いってるのかと思った」

 

「ねー。ふらふらしてる僕らと違って立派だよ」

 

「出たー天霧の自虐ー」

 

「お前とパイセンも巻き込んでますけどね」

 

聞こえなーい。

 

「ふったりっともぉ〜!!」

 

チビ先輩が満面の笑みで大声垂れ流しながら走って来た。ツーアウト。

 

「しー!!しー!!パイセン、しー!!図書館では静かに!!あと走っちゃ駄目!!」

 

「いやーん!!ついつい!!うっかりんこですわ!!」

 

「注意する側もされる側もうるさいやん」

 

オレの一言で真顔になったかと思うと、二人共けろりとすぐ元に戻った。切り替え早。天霧はチビ先輩に問い掛ける。

 

「んで、どうしたの」

 

「あっちで読み聞かせやるんですって!」

 

ワクワクした様子のチビ先輩と対照的に、天霧は消極的だ。

 

「読み聞かせ〜?子どもじゃあるまいし」

 

それはそう。此処に居る全員とっくに成人済み。チビ先輩に至ってはお察しな年齢。でもチビ先輩はめげないしょげないへこたれない。

 

「いやあの、今回凄いらしいんです!有名な作家さんがいらしてるとかで!」

 

「なんて人?」

 

 

「三枝破竹さん!」

 

 

オレと天霧は目を見合わせる。そして天霧の手元の本を見る。そしてまた視線を合わせる。

 

「「マジ?」」

 

 

 

スマホで調べたら…どうやら三枝さんの地元がこの地域らしくて、ここの図書館で不定期に読み聞かせしてるっぽい。

 

凄いタイミングだからせっかくだしと、読み聞かせの会場で待機中。

 

子どもの中に混じって体育座りしてるチビ先輩は、周りの子どもと楽しげに話してる。オレと天霧は後ろの方で立ってるんだけど、横でバイブレーションしてる挙動不審の天霧が完全に不審者で面白い。

 

「やばいやばいやばいやばい有名人初めて見る緊張するしかもあの三枝破竹先生とか何何何どゆことどゆことサイン欲しいサイン欲しいサインサインサイン」

 

「落ち着いてもろて」

 

「無理」

 

「はい」

 

 

開始時刻になったのか、三枝さんと思わしき人が現れた。周りがキャーキャー言ってるから多分そう。

 

「本物だああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーー!?!?!?!?」

 

多分じゃないわ。天霧うるさいし間違いない。

 

 

照れ臭そうにぺこりと頭を下げた三枝さんが口を開く。

 

「本日はお集まり頂いて、有難うございます」

 

うっ眩しい。人の良さが溢れてる。良い本書く上に顔も性格も良いんならそりゃ有名になるわ。

 

「僕もう死ぬかも」

 

「短い人生やなー」

 

心臓の辺りを両手で抑えて顔のパーツを真ん中にくしゃっと寄せ集めてる天霧、この場に居る誰よりもやべー奴だなって思いました。

 

 

三枝さん曰く、今日読むのは絵本らしいんだけど…ストーリーは三枝さんが考えて、絵は妹さんが描いたんだって。すげー。

 

「はい、破竹。頑張ってね」

 

「おう。サンキュ」

 

三枝さんに似た男の人が、三枝さんに絵本を手渡した。あの人も家族なんかな。仲良さそう。

 

三枝さんは一礼して本を開く。始まる雰囲気を察したのか、子ども含めて全員が静かになった。

 

――――穏やかな声で、優しい物語が紡がれていく。

 

 

何だか懐かしいと思った。そういえば母ちゃんも、絵本の読み聞かせしてくれたな。

 

オレが眠れないって駄々こねた夜。仕事控えてるのに、嫌そうな顔一つせずに。

 

…優しい時間だった。

 

 

 

拍手の音がしてハッとなる。挨拶の言葉はとっくに終わったらしく、お辞儀した三枝さんは退場していった。

 

「いや〜良かった〜…僕泣いたわ…」

 

服の袖で目元を擦りながら、天霧が声を掛けてくる。その言葉で気付いた。

 

「…オレもちょっと、泣いた」

 

「マジ!?」

 

「昔思い出して」

 

「…そか」

 

天霧はうんうんと頷いていたかと思うと、ガックリと肩を落とす。

 

「サイン貰いたかった…」

 

「新作出た時にサイン会するんでない?」

 

「そだね。情報チェックしないと…あー…僕もスマホ買おっかなー。電子書籍ならかさばらないよね?既刊まとめ買いしよ。そんでサイン会の時は実物買ってそれにサインして貰って…ぐふふふ…」

 

怖過ぎー。

 

あの短時間で仲良くなったらしい子どもに手を振った後、チビ先輩がこっちに近付いて来る。

 

「いやぁ、すっごく良かったですわね!」

 

「ほんとだよマジパネェ」

 

「ねー先輩。天霧壊れちゃった」

 

「え、元々では?」

 

「そうだった」

 

「ざっけんなおいこらー」

 

三人で笑い合う。

 

「またこの地域に寄るのが楽しみですわね!」

 

「毎秒寄りたい。旅してると良い事もあるもんだわ」

 

「まるで普段悪い事しか無いみたいに言うのやめてくださーい」

 

「やめてくださいましー」

 

「住所不定無職の集団とかろくでもない以外の何だってんだよ言ってみろよ」

 

「おほほほほほほ!!」

 

「誤魔化すなー!!」

 

追いかけっこを始めた二人を眺めながら…オレは何となく、こう思った。

 

 

――――生きるって、良いな。

 

 

…さて。追い出されない様に、二人を宥めますか。

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