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Episode.2-マリンスノー

 

自分、現在ぬくぬくふわふわの布団で横になっています。

 

何故に。

 

むくりと体を起こしてみると、自分の横で鞘に納まった海雪さんが寝そべって居ました。

 

「海雪さん」

 

話し掛けてみますが、返事は返って来ません。いつもあんなに騒が…元気だというのに。不思議に思って鞘から刀身を抜いてみると、なんとまあびっくり。

 

「し、死んでる…」

 

真っ二つに折れているではありませんか。誰がこんな惨い事を。許せぬ。

 

はっ。まさか寝返りを打った時に…いえいえ、それなら鞘ごと折れてないとおかしいです。そもそもアンドロイドは寝返りを打たない。つまり自分は何もやっていません。無実です。無罪です。

 

 

…とりあえず、現状を確認しましょうか。

 

窓の外は雪景色。此処は恐らく民家。ぽっきり折れた海雪さん。

 

ここから導き出される答え…ズバリ、何者かに襲われ行き倒れになった自分と海雪さんは親切な人に保護された…といった所でしょうか。目的は謎ですが。

 

自分が覚えているのは、自身の名前と海雪さんが相棒であるという事実と、海雪さんが喋るやかましい刀であるという事のみ。ここまで記憶データが欠落しているとなると、襲われてから相当な時間が経っている…?

 

ふむ。どうしたものか。

 

何はともあれ此処でぼーっとしていても仕方ありません。自分は海雪さんを手に部屋を出ます。

 

 

…おや、これはラッキー。早速人を見つけました。

 

「どうもこんにちは」

 

白い髪で青い瞳の男性は驚いたような顔をします。

 

「自分はマリンスノーです。マリンと呼んで下さい」

 

自己紹介すると、何故か目に涙を浮かべられました。感動する程上手だったのでしょうか。えっへん。

 

「マリン…さん…」

 

「はい。マリンさんですよ」

 

「…僕は、海雪と言います」

 

「海雪?」

 

はて。どういう事なのでしょう。自分は手元にある刀の海雪さんと目の前の人間の海雪さんを見比べます。

 

そんな時。

 

「ごめんくださーい」

 

入口と思わしき場所から声がすると、人間の海雪さんは自分にぺこりと頭を下げて口早に言いました。

 

「すみません!お客様がいらしたみたいで…部屋で少し待っていて下さい!」

 

「はあ」

 

今は自分もお客様の筈ですが仕方ありません。大人しく先程の部屋にUターンします。

 

 

 

「どういう事なんですかね、海雪さん。貴方と同じ名前の人間が居ますよ」

 

返事が無いのは分かっていますが、自分は海雪さんに話し掛けます。すると。

 

 

【絶対命令:女神を殺せ】

 

 

急に、頭の中でそんな言葉が響きました。

 

――――アンドロイドにとって絶対命令というのは、必ず成し遂げなければいけない命令…と知っています。

 

という事は、以前の自分はこの絶対命令に従って行動していた筈。絶対命令を無視するのは有り得ないと断言して良いくらいなので。つまり…女神とやらを殺すのが自分の使命なのでしょう。

 

もしや海雪さんはその道中で女神に殺されたのでは?自分名探偵かもしれません。

 

それに…そうと決まれば話は早い。

 

 

自分はガラリと部屋の扉を開きます。出口を目指してズンズン進みます。

 

が、人間の海雪さんに引き止められました。

 

「あの、マリンさん!?何処へ!?」

 

「刀の海雪さんの仇討ちの為、女神を殺しに行きます」

 

「えええええ!?!?」

 

人間の海雪さんは慌てた様子で出口の前に立ち塞がります。

 

「待って下さい!!今日はもう店閉めますので!!」

 

「そこまでしなくても」

 

「しますしますしますします」

 

そう言うと人間の海雪さんは扉に引っ掛けてある看板をくるりと裏返して鍵を掛けました。一体何が彼をここまで突き動かしているのか。

 

「居間に炬燵がありますので、そこでゆっくりお話しましょう」

 

「みかんはありますか」

 

「箱買いしてあります」

 

「行きます」

 

いえーい。炬燵でみかんです。

 

 

 

「ええっと…まず何からお話したものか…」

 

腕組みしてうーんと唸る人間の海雪さんに、自分はみかんの皮を剥き剥きしながら訊ねます。

 

「此処は何処ですか」

 

「は、はい!えっと、僕の家…兼、店です。包丁研ぎ屋をしています。父と二人で暮らしていたんですが、二年程前に亡くなってしまって…今は僕一人です」

 

「成程」

 

みかんをもぐもぐしつつ、次の質問を繰り出します。

 

「どうして自分を助けてくれたのですか」

 

もぐもぐ。もぐもぐ。おや、中々返事が来ません。

 

「…こんな事を言っても信じて貰えないかも知れませんが」

 

と前置きして人間の海雪さんは語り始めました。

 

 

自分有能なので纏めます。話が長かったので。

 

・昔からマリンさんと世界中を旅する夢を度々見ていた

・マリンさんに会いたいという気持ちが抑えられなくなり旅を始めた

・聞き込みを続ける内に目星が付き、雪の中でマリンさんを発見

・家に連れ帰るもマリンさん一向に目覚めず五年が経過

 

 

「ふーむ」

 

「信じて貰えないですよね…こんな話…」

 

「信じますよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

三つ目のみかんに手を付けながら、自分はこくりと頷きます。記憶が無いので旅の話にはピンと来ませんでしたが…この人が嘘を吐くメリットもないでしょうし、事実と認めましょう。

 

「貴方は素直な人に見えます」

 

「有難うございます」

 

「別名馬鹿正直」

 

「褒めてます…?」

 

「褒めてます」

 

人間の海雪さんは気を取り直す様にお茶をずずっと啜り、炬燵に半分入れてあげている刀の海雪さんをしみじみと眺めながら言いました。

 

「その刀…海雪は、父が以前貴方に譲ったそうですね。旅から帰って来た息子が、自分の打った最後の刀と持ち主を連れ帰って来たという事で…凄く驚かれました」

 

刀の海雪さんって、人間の海雪さんのお父さんに貰ったんでしたっけ。ふむふむ。つまり此処は刀の海雪さんの実家と。アットホームにゴーホーム。

 

「海雪、折れたままですみません。父なら直せたんですが…持ち主の許可無く勝手な事は出来ないという事で、手を付けずにいたんです」

 

誠実な人ですね。寝てる間に勝手に海雪さんを魔改造されるのは…嫌です。悪いのは折った犯人ですしお父さんは悪くありません。

 

「折れてて怒ってませんでしたか?」

 

「いえ!むしろ、折れるまで使ってくれたんだなと喜んでいました」

 

「それは何より」

 

刀の海雪さん…相棒であるという事実は自分の中にありますが、思い出の類が一切残っていないので何となく複雑な気持ちです。愛おしい、大切、大好き…そう思う気持ちはあるのに根拠が無いのです。どうしたものか。記憶の欠落不便極まりないです。 

 

………?

 

何でしょう。人間の海雪さんが自分を見つめています。

 

「顔に何か付いていますか」

 

訊ねると、ハッと視線を外されました。顔が真っ赤です。炬燵で逆上せたのでしょうか。

 

「…あ!い、いえ!全然、何も付いてないですよ!」

 

「何も付いていない…つまり自分はのっぺらぼう」

 

「え!?」

 

「なーんちゃって」

 

人間の海雪さんはポカーンとしたかと思うと、ふっと噴き出しました。

 

「マリンさんって、面白いや」

 

「そうですか」

 

ふむ。

 

「何だか、嬉しそうですね」

 

「はい!だって会いたかった人に会えて、名前も知れて、お話まで出来て…」

 

「自分は人ではなくアンドロイドですよ」

 

「安藤…?」

 

「無知な海雪さんに分かりやすいように解説すると、人の形をした機械という事です」

 

「成程!そういえば父が、からくり云々言っていた気がします。マリンさんみたいなからくりは、今の時代の技術では絶対に作れないって」

 

「どや」

 

よく分かりませんが凄いみたいです。ふふん。ぱちぱちと拍手してくれた後、人間の海雪さんは言いました。

 

「…それにしても、本当に良かった。昨日は珍しく空が晴れていて、しかも流星群の日だったから…早くマリンさんが目覚めてくれますようにって、流れ星に何度もお願いしたんです」

 

「ほほう」

 

「お星様に感謝しないと」

 

「ロマンチストなんですね」

 

照れ臭そうに人間の海雪さんは微笑みます。これぞ和やかな雰囲気…

 

…いえ、のんびりしている場合ではないですね。みかんも十分堪能しましたし、行かなければ。

 

「ではこれにて、自分は旅に出ます」

 

「えっ」

 

「先程も言いましたが、刀の海雪さんの仇を討たなければいけないので」

 

「女神…でしたっけ」

 

自分はこくりと頷きます。

 

「それって、何処の誰なんですか?」

 

 

……………………………。

 

 

「分かりません」

 

「分かりません!?」

 

「とりあえず殺さないと駄目なんです」

 

「そんな雑な!!」

 

「多分」

 

「世界一不安を煽る言葉が添えられた…!?」

 

「自分には女神を殺せという絶対命令が課せられているのです。従わなければ欠陥品のアンドロイドになってしまいます。それに女神は刀の海雪さんを殺した…可能性があります」

 

「ええっと…」

 

人間の海雪さんは困った様におろおろしているかと思うと…首を傾げて言いました。

 

 

「欠陥品になるって、そんなに駄目な事なのでしょうか…?」

 

 

「え?」

 

「その…アンドロイドの事情をよく知らない僕が言うのは気が引けるんですが…あくまで人間の場合、完璧な人は一人も居ないと思っていて。欠陥というよりは欠点…?そういう部分は誰しもあると思うし、それが普通だよなぁという気がしてて」

 

「…普通」

 

「はい。だからそんなに思い詰めなくても良いんじゃないかなって。命令結構曖昧みたいだし」

 

「割と辛辣ですね」

 

「え!?ご、ごめんなさい!!」

 

 

【絶対命令:女神を殺せ】

 

まるで揺らいだ軌道を修正しようとするかの様に、また頭の中に言葉が響いてきましたが…自分はそれを無視します。

 

 

「そもそも、マリンさんにそんな物騒な命令をしたのは誰なんですか?」

 

「さあ…」

 

「聞かなくていいですよそんなの。殺せなんてとんでもないです。そんなに殺したいならその命令をした人が自分でやれば良いんですよ」

 

「海雪さん、怒ってます?」

 

「そうかもしれないですね」

 

「ごめんなさい」

 

「何でマリンさんが謝るんですか!?大丈夫です、貴方に怒ってる訳では無いですよ!命令したろくでもない奴に怒ってるんです!」

 

「やったー」

 

…考えてみれば確かに。自分、何で誰がしてきたかも分からない命令に従わないといけないんでしょう。癪に障ります。何様なんでしょうか。それに刀の海雪さんを殺した犯人が女神と断定出来ている訳でもないですし。

 

でも。

 

「海雪さん」

 

「どうしました?マリンさん」

 

「命令を無視したら自分はやる事が無くなります。生きている意味が、無くなってしまいます」

 

何となく刀の海雪さんを抱き寄せてぎゅっとしながら、自分は湯のみの中のお茶を眺めます。すると人間の海雪さんは言いました。

 

「…だったら、僕の店でお手伝いをしてくれませんか」

 

「お手伝い?」

 

「はい。一人で切り盛りするのは少し心細くて。マリンさんが居てくれたら心強いです」

 

「自分、百人力ですからね」

 

「…じゃあ」

 

「良いですよ。お手伝いします」

 

自分が答えると、海雪さんはまた頬を赤くしました。

 

「マリンさんって普段は美人さんだけど、笑うと可愛らしいですね」

 

「ハイブリッドアンドロイドと呼んで下さい」

 

「ふふ、やめときます」

 

「何故」

 

「マリンさんって呼びたいので」

 

「そうですか」

 

「…マリンさん」

 

「海雪さん」

 

刀の海雪さん以外の誰かを海雪さんと呼ぶのは不思議な気分ですが…どうしてでしょう。嫌な気持ちにはなりません。刀の海雪さんと人間の海雪さんは全然似てない筈なのに。

 

どちらも、自分を大切に想ってくれているというのが…伝わるからでしょうか。

 

「これから宜しくお願いしますね、マリンさん」

 

「はい。此方こそ」

 

握手を求めると、人間の海雪さんはとても嬉しそうに両手で握手してきました。

 

「海雪さんは温かいですね」

 

「マリンさんはひんやりしてます」

 

「手が冷たいと心がポカポカという説があります」

 

「そういえばありますね!その通りだと思います」

 

「つまり逆は…」

 

「わわわ!?僕、冷たい人間じゃありません!!少なくともそう言われた事はないです!!」

 

「冗談ですよ」

 

「もー、マリンさんってば」

 

 

 

【絶対命令:女神を殺せ】

 

はいはいうるさいですよ。もう女神なんてどうでも良いです。邪魔をしないで下さい。

 

【絶対命令:女神を殺せ】

 

しつこい。やかましい。自分は欠陥品になろうが構わないんです。

 

 

やる事が出来たのです。

 

 

心の中で言い切ると、あれだけうるさかった絶対命令は聞こえなくなりました。やれやれ。一安心。

 

 

 

――――そういえば。お手伝いするのは構わないのですが、避けて通れぬ問題がありますね。

 

「海雪さん。実は自分、ボケ老人でして」

 

「ボケ老人!?」

 

「物忘れが激しいんです」

 

「でしたら、日記を書いてみてはどうでしょう?」

 

「日記」

 

「はい!僕、密かにやってるんです。良い事だけ書き留めておく前向き日記!」

 

「それは名案ですね、うーん採用」

 

「わーい!一緒に書きましょう!」

 

「もちのろんですよ」

 

「へへ、嬉しいなぁ」

 

この無邪気さ、何だか刀の海雪さんを思い出して和みます。ふふふ。

 

「僕…諦めなくて良かった。ずっとこんな日が来るのを待っていた気がします」

 

「そうなのですか」

 

「はい。変ですよね…今日初めて話した筈なのに。夢の中で会ってたからなのかな」

 

「自分も初対面な気がしません」

 

目にうっすら涙を浮かべた人間の海雪さんは、抱き締めても良いですか?と訊ねて来ました。自分が頷くと、そっと壊れ物を扱う様に背中へ腕を回します。

 

「大好きな貴方と、のんびり暮らしたいなと思っていたんです。おかげでやっと…夢が叶いました」

 

自分もぎゅっとしてみます。

 

 

こんなの初めてです。何だか照れます。自分、おかしくなったのでしょうか。

 

でも…悪くありません。

 

「幸せにします」

 

「かっこいいなぁ、マリンさんは」

 

 

…かくして、自分は人間の海雪さんのお店の看板娘を務める事になりました。

 

そうしている内にいつの間にやら、前向き日記は10冊を超えていました。

 

 

「こんにちは~」

 

「いらっしゃいませ。しけた店ですが、どうぞごゆっくり」

 

「ふふふふ!マリンちゃんってば相変わらず面白いんだからぁ!」

 

「いやぁ。それ程でもあります」

 

ふんぞり返っていると、海雪さんにたしなめられました。

 

「こらマリンさん」

 

「どうしました?海雪さん」

 

「今日も可愛らしいですね」

 

「…お客さんの前ですよ」

 

ふふふと常連さんは笑います。

 

 

「本当に貴方達、良いご夫婦だわ!」

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